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開拓で渡った北海道で、大東流合気柔術『武田惣角』師範に出会い、その強さに感服し師事して、武道の道に没頭していった。 さらには、『植芝の武道』は大本教により昇華され、古武道の神髄を集大成した武道として合氣道を創始した。 講道館柔道の創設者『嘉納治五郎』をして”これが柔道だ”と言わしめたとも云う。 合氣道は武道としての側面の他にも、『行』としての面や、氣、心、体の統一を図る『禅』としての面も有り、また、呼吸を重視して力みを抜いて稽古することで健康体を造っていくことが出来る。 一方、剣術の世界では、型を忠実に守り修得し、決して創意工夫を加えることなく伝えるのを『守』と云うが、合氣道は創意工夫の産物で、各人の体力、骨格、筋肉、体重、柔、固によって技の形も違いが生じ、『植芝盛平』から教えを受けた師範であっても、技の解釈、表現が違って来ている。他の武術の影響もあるだろうが、身体能力の違いなどで各人それぞれが、自分の合氣道を造って行く。守→破、離 そこが合氣道の面白いところでもあり、基本が適っていれば全てオーケーの世界。だと思う。 |